《久しぶりの北京》
2004年2月12日、会社を半日出勤した後、午後には私は退社して空港に向かった。ちょうど、北京で撮影中の韓中合作ドラマ『北京わが愛』の様子を見ること、そしておこがましいようだが、2月の誕生日に海外という慣れない地で頑張っているJaeWonをファンとして少しでもお祝いしすると同時に励ましたい気持ちがあった。
2月に入ってから"春節"の影響で中国側のとの連絡もなかなかつかず、「もしや、SARSの影響でJaeWonたちはもう帰国?!」などという焦りもあり、渡航が決まる約1週間前でも、私はドタバタして、しかも渡航数日前に中国側の記事であがった誇張された記事のせいで、正直怒りとともに「なぜそんな記事が?」という思いもあった。
7、8年ぶりに再訪した北京の街は新しい首都空港となり、2008年に行われるオリンピックの影響で地下鉄も郊外まで拡張され、連立する高層ビル、特にサービス業に関しては以前は何を訊ねても無愛想で面倒くさそうに答えていた中国人の外国人に対する印象の悪かった点が良いほうへ改善されていて、サービス精神が向上したことを感じさせた。
この日、夜遅くにホテルに着いた私は、すでに先に到着していた友人とホテルのフロントの女性スタッフに英語の仲介を頼み、北京の友人と連絡をとった。北京以外の土地の人であればそのような心配もあまりないのだが、渡中前にすでに電話していた北京の友人がとても早口なうえに、"儿化音"と言われる語尾の大変な巻き舌音に悩まされ聞き取ることがとても困難、何よりも聞き間違えては大変ということで、英語のできるスタッフに仲介を依頼した。おかげで無事に連絡がつき、翌朝10時頃、フランス語の授業で迎えに来れない友人の代わりにホテルにやってきた、彼女の3人の北京の友人と無事に会うことが出来た。
彼女たちは実は根っからの北京っ子ではなく、元々北京郊外などに住む子がほとんどで、中には中国戯曲学院という多くの俳優を輩出する大学に在籍し脚本を勉強している子もいる。私が1月に『ネサラン・サガチ』の団体観覧でソウルに行った際に貰ってきた『ネサラン・サガチ』のフライヤーや雑誌『Movie Week』をお土産として手渡すと、彼女たちはとても喜んでくれた。
実を言うと、昔からどうしても私の中では"北京"という場所はレインボーカラーのイメージのある上海比べ、北京はモノクロなイメージでしかなかった。(北京の方々ごめんなさい)それに比べて彼女たちは、まだ学生だと言うのに、皆こぎれいな格好で、中には最近の日本の20歳前後の若者とさほど変わらないファッションだったり、日本が世界に誇るブランド"索尼(SONY)"の最新デジカメを持つ子もいて、オドロキだった。(管理人はSONYの回し者ではないので念のため)
私は何度も「早口で聞き取れないからゆっくり話して〜」と何度も繰り返し、筆談を織り交ぜつつ、北京市内でも海淀区という、ソウルでいうところの大学路と同じような学院路へ向かったが、午前中で撮影場所がまだはっきりしないせいか、とりあえず地下鉄"五道口"に着つとKFCで一旦お茶をすることに・・・。
以前、友人が北京語言学院(数年前は大学という名称ではなかった)留学時代にやはり学院路には訪れた事があったが、その時はまだ地下鉄が拡張されておらず、直近の"西直門"駅まで行くと"小公共汽車"(マイクロバス)に乗り換え学院路に向かったのだが、今や日本の自動改札導入で、さらに私を驚かせた。
KFCに入るなり、私は北京の子たちに例の記事を見せて「この内容は間違い」と指差して言った。彼女たちにも、後から来る私の友人にも非がないことは分かっていたのだが、どうしても「なぜ?」という思いがあったので、訊ねてみると「実は自分たちと同じ年頃の見習いの記者がいて、私たちが日本からJaeWonのファンが来るという話を聞きつけて、彼女の知り合いの記者が書いた」と言って申し訳なさそうに答えた。そんな中、今回の撮影で一番苦労してくれた友人がKFCに到着した。日本を発つ前に彼女の一週間の授業スケジュールを聞いたいたため、てっきり来れないのだと思っていた私は突然の彼女の来訪に喜んだが、どうやら私たちをとても気にかけていてフランス語の授業を半日で休んでしまったようだ。(少し申し訳ないことをしました・・・)結局、彼女も予期しない記事を私たちが知っていたことで謝ろうとするので、ようやく状況が飲み込めた私は「あなた達が悪いわけじゃないから」と言ってその場は収拾をつけたが、皆もどうやらそのデタラメな記事を出した記者と同年齢の記者にあまり良くない印象をもっていたようだった。何処の国でも記者が歓迎される事はあまりないようだ(苦笑)。 |
|
|
《清華同方技科大厦》
合流後、私たちは皆でまた談笑しながら、JaeWonの撮影が行われるという北京の清華大学付近にある"清華同方技科大厦"(清華同方科学技術ビル)へ向かった。北京朋友們の中に張國榮(レスリー・チャン)の熱狂的なファンの子までいて、「芒果は張國榮は好き?」と顔を覗き込んで訊かれ、私が昔、彼のサイン会に行ったり舞台挨拶を見たことがあることを知るや否や「ワ〜羨ましい!ねぇ、芒果がレスリーに会ったって!」と話が広がり、慌てて「会ってない!会ってない!彼を見ただけよ」ととめることも(笑)。危ない、危ない、話が飛躍するとこでした・・・。
まだ真新しいと思われるビルに到着し6階までエレベーターで上がると、受付のように小さな席、その奥には大会議室、そして会議室の中に『北京わが愛』でJaeWonのライバルとなる郭小冬(グオ・シャオドン)がスーツを着てすでに演技中で、まさに本番前の打ち合わせのようだった。まだJaeWonは到着していないようで、私たちはリハーサルの様子を見ていたのだが、途中で薄いグレーのパンツスーツを着た孫菲菲(ソン・フェイフェイ)が現れた。彼女は本当に顔が小さくて、体が細くて、清楚な感じの女優だった。・・・しかも結構自分では身長が高いほうだと思っている管理人よりさらにデカい・・・。で、6頭身だか7頭身?私たち同じアジア人種なんでしょうか?唖然・・・。
私たちはJaeWonが到着するという予定の14時頃まで学校の教室のような控え室で、ちょっとヒマを持て余し気味(失礼?)の撮影スタッフも何人か交え談笑しながら待っていた。やはり、北京語が早くてなかなか聞き取れない私は「私の北京語は下手で・・・」と謝ると、後から分かったことだが、友人曰く「広東人よりましだ」と言われていたようで・・・(- -; 中国大陸は広くいろんな民族がいるため、少しぐらい発音が下手でもあまり問題にされないそうで、むしろ外国人と見分けるのは文法のほうらしい。・・・でも、それって喜んでいいのか・・・悲しんでいいのか(悩)?その控え室の隅に、山程のビビンバとキムチが積まれ強烈な匂いを放っていたが、中でも圧巻は日本でもよく通販に登場する(笑)半透明の収納ボックスにキムチがたんまり入っていることだった(爆)。その時はてっきり韓国側の撮影チームの昼食だとばかり思っていたが、どうやら撮影用の小道具だったらしい。
|
|
|
《痩せたor
やつれた?JaeWon》
「JaeWonはいつ来るんだろう?」と終始落ちつかない私たちだったが、撮影が始まる時間が見通しが立たないことは『お酒の国』を見に行った経験で十分分かっていたので、「最悪、時間がない時は皆からのプレゼント&メッセージをマネージャーに渡して、話せなくても撮影が見られれば、それでいいかなぁ・・・」程度に思っていた。
・・・が、ふと誰かが気づくと部屋の入り口から背中に北京語で"韓国ビビンバ"を意味する"韓国拌飯"と書かれた青い衣装を着たJaeWonが誰にも案内されずに、マネージャーとごく自然に部屋に入ってきたのだった。ここで"違和感がない"というのは、後々考えてみたところサイン会のようなところで普段感じるようなスタアの"オーラ"が、この時は"韓国拌飯"の衣装のために全く効力発揮せず、という結論に・・・(爆)。その時の私はというと、実は正直言ってとても失礼なことにJaeWonよりもマネージャーの金色に染められた頭に目がテン状態だった・・・。
JaeWonは相変わらず『北京わが愛』の役作りために変えたというヘア・スタイルで(中国ファン曰く"麺頭"だそう)、少々疲れは見えるものの、いつも疲れているとよくやる目頭を揉んでいる姿も見られなかったので思っていたよりも案外元気なのか、相変わらず丁寧に私たちファンに接してくれた。北京朋友們によると彼は私たちが行く事を知っていたと言う。(まるで以前の大学路のサイン会でJaeWonのアボジが私たちが行くのを知っていたのと同じよう・・・)そのせいか、私たち日本人がいることにあまり驚いていないのに比べ、なぜ北京のファンと日本のファンが一緒にいるのか、とても不思議がっていたようだ。以前も台湾のファンと一緒にいて不思議がられた事があったが・・・。
知らないの?「"愛に国境はない"ように"友情にも国境はない"」のよ、JaeWon君(笑)。
「彼女達は・・・?」と聞いてきたので「北京の学生のファンなんですよ」と説明すると「あ〜ぁ、そうなんですか」とは言ったものの、まだ納得できないようで「どうやって来られたのですか?」というようなことを私たちに訊ねたようだ。北京朋友們が韓国語が理解できないので、JaeWonはマネージャーに「通訳の人を連れてきて」というようなことを言ったようだった。すぐに、北京語⇔韓国語の通訳が来て、私たちの仲介に入ってくれたが、私は途中まで説明して、この後どう説明しようかと悩んでいると、すかさず北京朋友們が北京語で機関銃のように通訳にまくしたて説明してくれ(笑)、JaeWonはすぐに私と北京の友人がメル友で北京に来るまでに至ったことを理解してくれたようだった。
私と日本から行った友人はJaeWonに「これは誕生日プレゼントで、Tokyo Disney Resortのオープンチケットです。」というような事を言って手渡した・・・と思うが、この時「アリガトウゴジャイマス」と日本語でお礼を言ってくれた。先日の記事によれば日本へ進出する機会もあるかもしれないようだが、忙しい彼がいつ日本に来ても使ってもらえるようにサイトの皆さんと相談して準備したTokyo Disney Resortのオープンチケットだった。「4枚あるから、マネージャー様も一緒に・・・」と言うとマネージャーが丁寧なお礼を返してくれたのだが、その時彼に「どうして髪を金色に?」と問うと"JaeWonさんがそうするように言った"というような韓国語とジェスチャーで答えたのだが、本当?(^^;
そういえば・・・と私は気になっていたことをJaeWonに尋ねる事にした。イ・ジフンのファンミが今月あるということまではハングルでなんとか分かって貰えたが、その後通訳を通じて"帰国して参加するの?"と尋ねて貰うと、中国のファンにはカンタや神話のヘソンは有名でも、ジフンちゃんはあまり知名度がないらしく、通訳から話をきいた北京の友人らは皆「誰?」とぽかーんとしている。JaeWonは通訳を通じて理解してくれたようで、ちょっと渋い顔を作ると「あぁ、中国に今いるからちょっと難しいですね」というような事を言ってくれたようだ。(ちなみにカンタは中華圏では本名の"安七R"でないと通じない時が多い)
JaeWonにチケットのほか「これは日本のお姉さんたちからのセンイルメッセージで、チケットの説明もありますよ。」とサイトの皆さんから預かった彼の誕生日を祝うメッセージをまとめたファイルをこれまた怪しげなハングルで説明しつつ手渡すと、彼はいつも通りにしばらく嬉しそうにメッセージをじっと眺めていたが、チケットの説明で私が書いた「4枚あるから、マネージャーと来ても、ご家族で来ても、"S"の3人と来てもいいです。」という内容にウケたのか、最後に『ロマンス』でも『お酒の国』でもしていたように首を小さく「納得した」というようにウンウンと頷くと"フッ"という笑みを浮かべ、また「アリガトウゴジャイマス」とペコリと頭をさげて言ってくれた。姉部隊のオンニたち数人から預かった一言メッセージも手渡すとやっぱりじっと読んでいたのだが、いつ見ても彼のそういった真正面からファンの気持ちを汲んでくれるようなちょっとしたしぐさがとても嬉しかった。
そうこうしているうちに中国の現地記者とカメラマンがやってきて私たちやJaeWonに何の了承もなく、撮影を始めようとしたので、私たちは困ってしまった。マネージャーが撮影をやめるよう言ってくれたので助かったが、JaeWonが何の気ないところを見ると、JaeWonは芸能人という公の立場なのでマスコミのそんな失礼な事はしょっちゅうなのだろう。
普段、あまり中国のファンとJaeWonは写真を撮る事はないようで、もちろん彼女たちがハングルを話せないせいもあるが、とても静かに私たちの様子を見守っていたので、私は恐る恐るJaeWonに「彼女たちと一緒に写真いいですか?」とお願いしてみると、快く身振り手振りで「ええ、一緒に!」という感じのしぐさをしてくれ、じゃぁと、かわるがわるに交代すると、マネージャーがやっぱりカメラマンに徹する(笑)。彼女たちが撮っている時に、私はふざけて『ネサラン・サガチ』の団体観覧の時のように「JaeWonさん、セーラームーンポーズで!」というと、自分の顔の前で手をふり「恥ずかしいから〜」と笑ってやんわり断られた。あら、ちょっと残念。皆が一通り取り終えた後に、再度「メッセージをくれたお姉さんたちに」と写真を1枚お願いしたら「ソロで?」と聞き返されたのだが、JaeWonの口から"ソロ"と言う言葉を聞いてなんだか可笑しかった。そして撮らせてもらったのが、掲載したVサインの写真。彼は本当にVサインが多い(笑)。
撮影が済んだ後に忙しいからどうかな?と思いつつJaeWonに「メッセージをくれた日本のファンにメッセージを貰えますか?」と聞いてみると、「ア、そうですね。いいですよ」という感じでまた快く引き受けてくれた。だが、私が用意していた紙とペンで自分のサインをしてからしばらく何を書こうか考えている。私はちょっと心配になって「日本のファンだから書く事ないのかしらね?」と友人に尋ねると「そうじゃなくて、逆に書きたいことがたくさんあって悩んでるみたいよ。」という答えが返ってきた。うーん(^^;ちょっと怪しいけど、リップサービスだとしても嬉しいかな、ジェウォナ〜コマウォ(笑)。

北京のJaeWonがくれたPhoto&Message |
そのメッセージをもらった後、同行した友人が日本の雑誌"K-POP STAR"にやはり個人的にメッセージを貰おうと準備していたのだが、この雑誌の撮影時に激太っていたのを気にしていたのか、JaeWonが「これはダメです〜」と両手で雑誌の表紙にある自分の写真を恥ずかしがって隠そうとする。その姿がとても可愛くて、意地悪な私は「よし!次にサインを貰う時は”K-POP STAR”だわっっ!」と鼻息を荒くしたのは言うまでもない(爆)。
友人は仕方なく雑誌本体ではなく、付属のポスターにメッセージを貰っていたのだが、このメッセージがまた、"母を思う孝行息子"のようなステキメッセージで違った意味で感じられるJaeWonの心遣いに泣けた。
すっかり間が空いてしまったのだが、私たちは郭小冬とJaeWonが一緒にお酒を飲むと聞いていたので、日本から持参した日本の酒を「郭小冬さんと一緒に飲んでください」と渡した。JaeWonが開口一番に「高いものですか?」と聞くので「いいえ、高くないです」と答えたのだが、本当に実際それほどな高いものでもない。「高い」って答えたら、その後どうなっていのかとても気になるところだ(笑)。
すぐ後に「もうメイクに行かなければならないんですよ」と言いながらJaeWonが自分の顔に何かを塗るジェスチャーしたので、じゃぁと促すとこの後、彼は北京のファンに向かって中国スタイルで胸の前で拱手すると「謝々、謝々。」と丁寧に述べ、私が「JaeWonさん、元気で頑張ってくださいね」と言うとテレながら会釈したので、皆で「カムサハムニダー、アンニョヒカセヨ〜」と見送るとマネージャーと一緒に帰り際にドアのところで小さくおどけて手を振って出て行く彼の姿がとても印象的だった。
|
|
|
《鬼のカクラン?胸がいっぱいの昼下がり》
その後、お昼を食べていなかった私たちは、ビルの外に出てピザを食べることになったのだが、いつもと打って変わってあろうことか食がすすまない・・・。どーした?自分(爆)。JaeWonと会えて胸いっぱいで腹もいっぱいか?と自分のことながらツッこんでおこう(笑)。
16時頃、北京の友達が「これから予定がないのなら郭小冬と孫菲菲の撮影があるけどビルに戻る?」と聞くので、私はJaeWonの撮影はとっくに終わったと思い、それでもほかの共演者の演技を見てみたいという考えでビルに戻ると、まだJaeWonもそこにいて椅子に座って台詞を一生懸命覚えているようだった。
(※この時の様子は2/27に放送されたSBS『良い朝』で一部が放送された)
私たちは彼の邪魔になってはいけないと思い、離れた場所で中国側俳優の演技を見ていたが、やはりJaeWonのことが気になって目をやると、いつのまにか彼はほかの韓国スタッフに混ざって自らも地べたに座り、台詞を覚えたりスタッフと楽しく喋っているようだった。
この時のセットは、張東(ジャン・ドン=郭小冬)やウンスク(ハン・チェヨン)が出席する"龍騰グループ"主催の『21世紀に向け食品発展進歩討論会』会場。
ストーリーは会議の試食として300個のビビンバの注文を張東から受けたミングク(JaeWon)が、搬送途中で車が壊れながらも討論会の試食の場になんとか間に合わせるという内容で、大会議室には50〜80人あまりの会議参加者である年輩のエキストラ、壇上には張東(郭小冬)、そこに場違いにもドアをあけて飛び込んでくるスーツ姿の楊雪(ヤン・シュエ=孫菲菲)、そして遅れて到着し、楊雪をほっとさせる"韓国拌飯"の青い上っぱりを羽織ったミングクの姿。ミングクはそっと楊雪の方に「大丈夫。」という風に手をかけると颯爽と壇上に上がり、張東からビビンバの注文を受けたことを会議列席者に北京語で感謝し挨拶するというシーン。
それまで台詞を覚えていたJaeWonが登場するシーンになり、「ミングクっ!」とスタッフたちに呼ばれると、大会議室の出入り口から入ってきて壇上に立つと「謝謝、謝謝、張総。請尽情享受美味的韓国拌飯。謝謝各位。(ありがとうございます。張社長、おいしい韓国ビビンバをお召し上がりください、皆さん、ありがとうございます)」という内容の流暢な北京語の台詞を披露してくれた。私が言うのもおこがましいが、驚いた事に昨年末、KBS演技大賞で二人の共演女優らとたどたどしく「再見〜!(さようなら)」と言っていた彼とは違い、明らかに北京語の発音がさらに上達しており、私と友人はとても喜んで「彼の北京語の発音は以前に比べてとても良くなったね」と話した。
同じシーンの撮影がリハーサルを含め何度かリテイクされているのを見るうち、特に興味深かったのは、以前記事にあがった"義兄弟の契り"を結んだJaeWonと郭小冬が本当にとても仲がいいという現場を直接見られたことだ。「俳優になる前に軍人か警察官になりたかった」というJaeWonは、現在、俳優でありながらも軍人として在籍しているという郭小冬から敬礼の仕方を教わったり、二人で指で銃を作ってスタッフを撃つ真似をしたり、特にJaeWonが郭小冬に甘える様子は国や人種は違っても本当に実の兄弟のようで、何を話しているのかわからないが携帯を指差して喋ったり、二人は終始とても仲良さげだった。
撮影スタッフは韓中あわせて100人あまり、通訳はそのうち12人ほどいるようで、幸運なことに中国人スタッフに韓国語も話せて日本語も話せる女性スタッフが一人いたので少し話を伺ったが、JaeWonは韓中の撮影スタッフにも「善良で賢い」、撮影が長引いても疲れた顔をあまり見せないと感心されているようだ。ちなみにそれまでの北京撮影で一番長引いたのは42時間ほどだそう。
JaeWonが撮影している間、私たちはマネージャーとも少し話をしたのだが、彼は乾燥した北京で風邪をひいていたようだ。わずかながらまともに使う事が出来る単語で「ケンチャナヨ?」と尋ねると「あぁ、大丈夫ですよ~」と笑って答えていたが、彼はこの後大変な目にあったようだ。(この続きは後ほど)友人が「いつ韓国に戻られますか?」と訊ねると、当初撮影予定であった中国国内の屋外撮影が取り消されても雲南行きだけは残っているようで、それが3月18日前後だという。その後、一旦北京へ戻るかは分からないが、3月20日頃には韓国に戻り、残っている国内での撮影を4月末頃まで行う予定だそうだが、それ以外に確認できたことは、その前にJaeWonが髪が伸びたせいなのか、役柄のイメージチェンジかわからないが、髪をカットするためだけに3日間、韓国へ一時帰国するという話だったが、やはり監督に反対されていて通らなかったのか、まだ帰国の話はでていないようだ(笑)。
※この後、撮影スケジュールはオシオシ状態で何度も変更されたようだが、JaeWonは韓国には一旦帰国はした模様。
私たちはしばらく撮影の様子を見ていたが、4人の主演が出番から降りた時、北京朋友們が二人の中国側の俳優に私たちを紹介してくれた。郭小冬と孫菲菲の二人はとても控え目で腰がひくく、礼儀正しい俳優たちだった。二人とも別々の空き時間に挨拶をしたのだが、私は孫菲菲に「姉部隊でJaeWonの誕生日のために菲菲さんに贈り物(『ロマンス』のDVD&『ネサラン・サガチ』OST+翻訳された手紙)を準備して送ったようですよ」と告げると「本当ですか?本当ですか?ア〜ありがとうございます!ありがとうございます!」ととても恐縮して、続けて私が「私の北京語が下手ですみません」と言うとお世辞だと思うが「そんなことないですよ。ちゃんと聴き取れます」と言ってくれた。撮影は主に韓国側のイ・キョウク監督が進行しているせいか、彼女がNGを出した時に韓国語で舌を出して「チェソンハムニダ~(申し訳ありません〜)」と言っていたのが印象的だった。
 |
| 左の写真で気に入らず、さらに右の写真をリクエストする中国俳優郭小冬(グオ・シャオドン)(爆) |
郭小冬も、実は昨年末に東京国際映画祭で見られるチャンスがあったにもかかわらず、チケットが買えず彼の主演作が見れなかったのだが、顔をあわせた時にまず「去年の東京国際で私の友人があなたの映画を褒めていた」と伝えると、今月にその映画が北京で公開されるのに私が帰国してしまう予定だったので、残念に思っていたようだ。続けて「JaeWonさんに日本のお酒を差し上げたので一緒に飲んでくださいね」というと「ありがとうございます!」とやはり恐縮していた。彼は『北京わが愛』の記事写真でみるととても年輩に見えるが、実際にはとても若く見え、一緒に写真を撮った時にJaeWonと明らかに違っていたのは「写真を見せて」と言って、気に入らなかったようで「もう一枚!」と私にリクエストしたことだった。掲載した写真はまさにそれ(爆)。本当に二人とも良い印象で、良い雰囲気の持ち主だった。
さて、前に書いたシーンの撮影が終わると、今度は討論会会場にミングクのお店"韓国ビビンバ"の従業員らが列を成して入ってきてビビンバを皆に配るシーンへと続き、そこに登場しないJaeWonは韓国側の若手俳優キム・ヒョンソンらと普通の同世代の男の子のように雑談をしていた。この日の撮影は22時頃まで続いたそうだが、学生も一緒にいたので、流石にこの日は20時頃に現場を後にした。
|
|
《王府井のサソリ王》
この第一日目の夜、北京の友人らと別れた私たちは、すぐにホテルへは戻らずに撮影場所から少し遠かったが、北京の繁華街である王府井で夕食を食べるために地下鉄に乗った。友人が以前行った美味しいという中華料理店に行くためだったが、私たちは思いがけず、以前、JaeWonがハン・チェヨンと一緒に撮影をしていた王府街の狭い路地にあるという蠍や鳥などの串揚げを売る"活蠍王"のお店がある"小吃街"へ行った。JaeWonが写真を撮った"活蠍王"のお店は路地の一番手前にあり、すぐに見つけることができたので、写真を撮り、そして夕食を食べてから路線バスでホテルへ戻った。

JaeWonたちが撮影もした王府井の小吃街 |

(オマケ)前の記事でJaeWonが北京で迷子になった時に連れて行かれた北京飯店 |
|
|
|
《二日目の運命の出会いと仰天な再会》
翌朝は撮影場所が判明するまでの時間の関係で、前日会った友人たちの中で最も北京語が聞き取りやすい黒龍江省出身の友人が10時頃電話をくれ、その日の待ち合わせ場所と時間をとてもゆっくりと説明してくれたお陰で、私はすぐに彼女の言っていることを理解できた。待ち合わせたのは前夜、私達が別れた地下鉄の駅で、その日は北京語言大学で午後から撮影があり、前日と別の友人が私達を待っていてくれた。北京の友人らが事情で私達を迎えに来れなくても、別の友人が迎えに来てくれてとても感謝してそれから私達は目的の大学へ向かった。
しかし韓国の大学はどうだか知らないが、中国の大学は人の出入りを厳しくチェックしていて、大学内に知り合いがいないと校内へ入ることは出来ない。私達は校門まで行くと、まず北京朋友們が校内に入り、校内でこの大学の留学生らしい学生二人に私達二人を招き入れてくれるように頼んだ。そこで私達が出会ったのはまさに運命(笑 |